ÉMAncipé

自分をもっと解放していきたい 朗読者EMAの日々

チクセントミハイ「フロー」

朝ごはんを食べた後にぼーっとしていたら

どういう訳か、昔読んだチクセントミハイ博士の「フロー体験」の本を思い出し、もう一度ちゃんと読みたいなあと思いました。

今はもう手元にない本なので、近くの図書館にあるか検索してみたら…

残念ながら無し😭

 

でもTEDで聴衆に向かって語るご本人を発見しました!

2004年の動画ですが、お話が面白かったのでシェアしますね♫

私はヨーロッパで育ち第二次世界大戦の時、7歳から10歳でした。私の知っていた大人でこの戦争による悲劇を耐えることのできた人はわずかでした。戦争で仕事や家などの拠り所を失ってしまって、平穏無事に満ち足りている幸せな生活すら維持できない人が多いことを目の当たりにしてきました。


そこで「何が人生を生きるに値するものとするか」と言うことに興味を持つようになりました。ティーンエイジャーの若者ながら哲学書を読み、芸術と信仰や多くのことに関わって、この問いの答えを探し求めました。


そんな中、心理学との偶然の出会いがありました。


私はスイスのスキーリゾートにいましたが、遊ぶお金はありませんでした。雪も溶けてしまい、映画を見に行くお金も持っていなかったのですが、チューリヒの街中で講演会をすると言う新聞記事を見ました。空飛ぶ円盤について話すと言うことでした。私は、まぁ映画にも行けないのだから、無料なら空飛ぶ円盤の話を聞いてみようかと考えました。


その晩講演した男はとても興味深い人でした。小さな緑の宇宙人の話の代わりに、彼はヨーロッパ人の精神がいかに戦争で傷ついたかを述べました。空飛ぶ円盤を外に見いだすことで、古代ヒンズー教曼荼羅にあたるものを空に映し出すことで、それは戦争後の混乱の中から何かの秩序を取り戻そうという試みだと語りました。私はこれをとても面白いと思いました。


この講演を聞いてから、彼の本を読みあさりました。カール・ユングがその人でしたが、それまでは名前も成果も知らなかったのでした。やがて私はアメリカに渡って心理学を学ぶことになりました。そして、幸せの根本は何かを理解しようという試みに着手しました。


このグラフは多くの人が説明してきたものです。

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多くのバリエーションがあります。この1956年にアメリカで行われた調査では、30%の人が人生が非常に幸せだと答えています。その数字はそこから全く変化しません。個人の収入は(インフレを考慮した尺度で見ると)この期間に2倍以上ほぼ3倍に向上しましたが、それでも幸せについては同じ結果になっています。


貧困線よりも数千ドル多い程度のある基準を超えてしまえば物質的な充足は人の幸福とは関係しないようです。基本的な物資・物的な財産が不足すると不幸に結びつきますが、逆に物的な財産が増えても幸福は増大しません。


以上のように、実際の自分の経験に即した物事を見出したことを踏まえて、私の研究はもっと焦点を絞り、日々の暮らしの中、通常の経験の中の一体どこで我々は本当に幸福を感じるのか、と言うことを調べています。40年前にこの研究を始めるにあたり、創造的な人たちに着目しました。芸術家や科学者などが、何を持ってその人生を費やすに値すると考えるのか、彼らの多くはそのことから名声も富も期待できなくても、それでも人生に意味と取り組む価値を与える、それは何か。

 

この人は70年代のアメリカ音楽の著名な作曲家の1人です。インタビューは40ページにも渡りますが、この短い抜粋には、彼がインタビューで言っていた内容がよくまとまっています。作曲がうまくいっているときに彼がどう感じるか説明してあります。彼はそのことを「忘我の状態」と表現しています。


ギリシャ語の「忘我(エクスタシー)」は、「何かの横に立つ」と言う意味です。その状態になると、日常の決まった作業しているとは感じられないような精神状態を表す例えとして使われるようになりました。忘我とは本質的には異なる世界の現実に足を踏み入れることです。


それは興味深いことです。考えてみれば時代の頂点となった人類の偉業について、中国であれギリシャであれヒンズー文明であれ、マヤ文明、エジプト…これらの文明について知られている事は、彼らの「忘我の世界」についてであり、日常生活についてではありません。われわれは、彼らの立てた寺院について知っています。


寺院とは、日常とは別の現実を経験するために訪れるところです。円形競技場をご存知でしょう。アリーナや劇場、これらは古代文明の名残ともいえるものです。人々は濃密で秩序立てた人生を味わうために訪れます。


この作曲家はそんな場所に行く必要はありません。この場所、ここのアリーナもまた、ギリシャの円形劇場のように「忘我の状態」のための場所です。毎日慣れ親しんだ人生とは異なる別の現実に皆さんは参加しておられます。


しかしこの作曲家はそこに行く必要はありません。小さな楽譜を書き込むための紙だけが必要なのです。作曲をしていると、これまで存在したことのない音の組み合わせを想像することができると言うのです。


そこで、(ジェニファーが即興演奏をしたときのように)新しい現実を作り出す状況に到達すること、これが「忘我のひととき」です。彼は別の現実に入り込むのです。


彼は言います。これは非常に強烈な経験で、あたかも自分が存在しないかのように感じます。誇張した絵空事のように聞こえるかもしれません。ところが実際、ヒトの神経系は、毎秒110ビット以上の情報を処理することができません。私の話を聞いてそれを理解するには、およそ毎秒60ビットを処理しなければなりません。それだから3人以上の話を聞くことができず、3人以上の人が話しかけても理解できないのです。


さてあなたが、この完全に没頭してしまうプロセスの中にあり、この人と同様に何か新しいものを作っているとしたら、身体の感覚や家庭での問題を気にする分の注意力は残っていません。空腹や疲れさえも感じません。彼の意識からは身体も、自分が誰かと言うことも消えてしまいます。何故かと言うと、集中して取り組むべき何かをうまくやり遂げながら、同時に自分の存在を感じるほどの注意力は残っていないのです。


誰でもそうなります。そこでは人の存在はしばらく忘れられています。彼は自分の手が勝手に動いているようだといいます。でも、私は作曲ができないので、自分の手を2週間見続けたとしても、畏怖も驚きも感じる事はないでしょう。その事は何を意味するのか。


インタビューの他の部分にも記された自動的、自発的な過程は、よく訓練されて技術を身に付けた人にだけ起きるのです。そして創造性の研究の中で、こんなことが明らかになっています。10年間特定分野の技術的知識に深く関わることがなければ、何か創造的になるなどと言う事はありません。数学でも音楽であっても、先行するものよりも、どこかに優位性のあるものを作り出せるようになるにはそれだけの時間がかかります。


さて、その状態が生じると、音楽が自然に湧き出てくると彼は言います。私がインタビューを始めた時にお願いした人たちはすべて、(インタビューは30年ほど前のものですが)実に多くの人がこんな状態を自発的な流れと説明します。そこで私は、この種の経験を「フロー体験」と呼ぶことにしました。


これは様々な領域で生じます。例えば詩人はこんな風に表現します。この調査は私の生徒が行ったもので、米国の主要な作家や詩人の中から何人かにインタビューをしました。同じように、この忘我の状態に入ると、無理なく自然な感覚に到達すると言うのです。詩人はドアを開けると空中に浮かび上がっていくような感じ、と説明します。これは、アルバート・アインシュタインが、相対性の力がどう働くかを理解しようと苦労していた時に、どうやって着想を得たかという説明とよく似ています。でも他の活動においても生じるものなのです。


これは別の生徒、オーストラリア出身のスーザン・ジャクソンが世界の有名なスポーツ選手を研究しました。オリンピックのスケート選手の描写です。選手の内面の状態について同じことを描写しています。あなた自身が音楽と一体になるようなことが自然に起きるとは思われないかもしれません。


また一番最近に書いた本「グッドビジネス」の中で、私は何人かのCEOたちにインタビューをしました。これらの人々は同業者たちから、非常に優秀で倫理に優れ、社会責任を担っているとして推薦された人たちです。


この方たちにとって「成功」とは、「自分の仕事の中で他の人を助けながら、同時に自分も幸せになること」と定義されているのがわかりました。そして、これらの成功して責任あるCEOの人たちが言うように、その中の一部分だけに成功すると言う事は無いのです──有意義で成功する仕事を望んでいるのであれば。


アニタロディックもまたインタビューを受けたCEOの1人です。化粧品、中でも自然派化粧品の雄、ボディーショップの創始者です。彼女の情熱は仕事中にベストを尽くしてフローの状態に至っていることから得られるものです。


これはソニー創始者である井深大の味わい深い一言です。彼はその時ソニーは始めたばかりでお金もなく、製品もなかったのです。何もない状態でしたが、アイディアがありました。彼のアイディアと言うのは、エンジニアが技術革新の喜びを感じられて、社会に対する使命を意識して、心ゆくまで仕事に打ち込める仕事場を作り上げると言うものでした。「フロー」が職場でどう実現されるのか、これ以上良い例を思いつきません。


我々の研究ではこれまでに、すでに世界中の研究者たちと8000回以上のインタビューを行いました。(ドミニカの僧侶や盲目の修道女、ヒマラヤの登山家、ナホバの羊飼いにも)彼らは皆自分の仕事を楽しんでいます。


そして文化によらず、教育にもよらず、人が「フロー」に入るときの条件として、「7つの条件」があると考えています。このポイントが十分強まると「忘我の感覚」「明晰な感覚」に到達するのです。

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それは、時間の経過とともに、常に自分が何をしたいのかわかっていて、直ちにフィードバックが得られること、何をする必要があるかわかっていて、それが難しくても可能なことで、時間の感覚が消失すること、自分自身のことを忘れてしまうこと、自分はもっと大きな何かの一部であると感じること、これらの条件が満たされるなら、あなたがしている事はそれ自体で価値のあることになります。


我々の研究では、この簡単な図で人々の毎日の生活を記述できます。そして、実際にとても正確にこれを測れるのです。


参加者に1日10回なるポケットベルを配布して、それが鳴るたびに、何をしているか、どんな気分か、どこにいるか、何を考えているか、を記録してもらいます。2つのことを継続します。それは、その瞬間に経験していることの挑戦の度合いと、その瞬間に適応している技術がどの程度のものかと言うことです。それぞれの人について平均をとって、この図の中心点にします。その人の平均的なチャレンジとスキルのレベルで他の人のものとは違っているはずです。ともかく、こうして選ばれた平均値を図の中心にします。

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中心点のレベルが分かっていれば、かなり正確に、どんな時に「フロー」状態に入るか予想できるようになります。つまりチャレンジが平均よりも困難で、スキルも平均以上のものが求められている時です。

 

あなたは他の人とは非常に異なるやり方で仕事をしているかもしれませんが、この「フロー」の入り口は誰にもあり、自分の本当に望むことを行っているときにはそこに存在しています。ピアノを弾く事や最高の友達との時間、もし仕事があなたにフローをもたらしてくれるものなのなら、仕事の時にもです。そして他の領域は次第に好ましくなくなります。


「覚醒(arousal)」の領域では、困難に挑んでいるのでこれは良いものです。あなたの技術は求められるものほど高くないのですが、技術をもう少し高めることでかなり容易にフローに入ることができます。「覚醒」の領域からはほとんどの人が学べるでしょう。ここは彼らが快適な範囲外に押し出されており、フローの領域に戻ろうとして、人はもっと高度な技術を身に付けます。


「制御(Control)」の領域も良いところです。ここでも人は快適です。ただあまり刺激はありません。チャレンジと言うにはあまりに容易なのです。「制御」から「フロー」に入りたければチャレンジの度合いを高めなければなりません。これらの2つは望ましく、そしてお互いに補う領域で「フロー」へとたやすく移動できます。


他のチャレンジとスキルの組み合わせに移ると次第に望ましいものでなくなります。


「弛緩(Relaxation)」も悪くないですね。気分は良いです。「退屈(Boredom)」は避けたいものです。「無気力(Apathy)」は非常に否定的です。何かをしようという気がなくなります。スキルを使わず、チャレンジもしません。不幸なことに多くの人の経験は、この「無気力」の領域にあります。テレビの視聴がこの経験に寄与するところは大きく、その次はトイレで座っている時…。ときにはテレビを見ている時でも、その7〜8%の時間はフローに入っているかもしれません。それは本当に見たい番組の時です。そこから得るものがある時です。


さて、答えるべき質問は、毎日の生活の中でどうすればより多くの時間を「フローの状態」に出来るか、これを理解しようと私たちも努力しているのです。皆さんの中には、アドバイスがなくても自分でやり方を分かっている方もいるでしょう。しかし、不幸なことに多くの人はわかっていません。それに対して、我々の研究がひとつのやり方になるのです。ありがとうございました。

(TED 2004年2月)

 

チャレンジとスキルの相関関係の図が分かりやすいですね!

私も自分の「フロー」の入り口を探ってみたいと思います😊

 

「好きこそものの上手なれ」な感じで、誰もが好きな事に没頭して幸せを感じられるようなステキな世界になりますように!

 

「問題」とは

ワプニク先生の解説を訳していたら、

朝から少し気にかかっていた事の「答え」⁉️

と思うような文があり、

自分的に驚きと感動があったので

備忘録としてここに書き残しておきます。

 

 

読んでくださる方には

うまく説明出来ないし

意味わからなくてごめんなさい💦

 

 

 

「奇跡のコース」ワークブック

レッスン77の解説より…

これまで何度も見てきたように、「問題」とは、私たちが自分は問題を知っていると考えていること、そして、それゆえにどう質問すればよいかを知っていると考えている私たちの「傲慢さ」であり、質問には常に次のようなバージョンがあります。

「私はどのように行動すべきか?」

「何を言うべきか?」

「私の問題に対する答えは何か?」

「どこに引っ越すべきか?」

「どのような仕事に就くべきか?」

「どんな人間関係を築けばいいのか?」

これらはすべて、レッスン79とレッスン80の焦点である「分離」という「真の問題」に気づかないようにするための「擬似的な質問」にすぎません。

 実際のところ、私たちは何かに対して求めているのではありません。私たちが求めるのは、自分が間違えたことに気づき、正しい選択ができるよう聖霊に助けてもらう事なのです。これが、イエスがテキストの最初の方で「意味のある唯一の祈りは赦しを求めることであり、赦されている人はすべてを持っているからである」(T-3.V.6:3)と言った意味です。私たちの真の祈りとは、自分の中にすでに存在する「奇跡」や「修正」を受け入れることです。そのためには、心を乱すような問題から目を離さなければなりません。問題は外側にあるものではなく、自分の中にある誤った選択であることを理解できるようにするために、自分の身体や他の人の中にある問題から目を離さなければなりません。繰り返しになりますが、この修正こそが「奇跡の本質」であり、それを求めることが私たちにできる唯一の真の要求であり、その答えは次の箇所で説明されているように、聖なる瞬間の中にあります。



したがって、答えが妨げられている世界でいかなる問題も解決しようとはしないでください。そうではなく、あなたのために愛をこめて答えが保たれている唯一の場所に問題を持っていくべきです。そこにはあなたの問題を解決してくれる答えがあります。なぜなら、答えは問題から離れて別になっているので、何に答えることができるか、何が問題なのかが分かるからです。この世界においては、答えは最初の質問には答えないままに別な質問を生じさせるだけです。神聖な瞬間においては、あなたは質問を答えのところに持って行くことができ、あなたのために用意された答えを受け取ることができるのです。 (T-27.IV.7)

 

 

(中略) ……これまで私たちは、自分自身に頼り、またはイエス聖霊、神と呼ばれる自分自身の投影されたイメージに頼っていました。つまり、自分のマインドを変えることはせずに、自分の痛みや苦しみを取り除いてくれる魔法のような人物に頼っていたのです。このような魔法のような救世主への嘆願は、本当の癒しではなく、魔法への祈りだったのです。イエスは今や、私たちが問題が何であるかを自分自身に伝えているのではないと仮定しており、だからこそ、私たちは、自分が作ったイエスのイメージに問題解決を求めるのではないのです。その代わりに、問題の源である、自身で独立・自立すると決めてしまっている事や、「幸せであることよりも正しくあろう」と決めてしまっているマインドに私たちは向かうのです。エス聖霊に真に助けを求めることとは、「自分の力ではもう限界です」と言うことであり、奇跡が再び私たちのものになることを確実にするのです。ヘレンへの特別なメッセージでは、まさにこの問題が取り上げられています。イエスは、答えを必要とする問題を定義しようとしないように、筆記者(ヘレン)に注意を促しました。

 

具体的な質問はすべて、数多くの前提を伴っており、それが必ず答えを限定することになる。そうした質問は、実際のところ、どういう類の答えなら受け入れ可能とするかを定める決断に他ならない。言葉の目的は限定することであり、限定することによって、広大な領域にわたる体験を扱いやすいものにすることである。しかし、それはあなたにとって扱いやすい、という意味である。(『天国から離れて~ヘレンシャックマンと「奇跡講座」誕生の物語』p531)

 

 ポイントは、「すべての問題は同じであること」を認識することにあります。したがって、「奇跡」を求めること、すなわち自分自身に「奇跡」を選択するように求めることが、唯一意味のあることなのです。「奇跡」だけが真実と、「分離」を制限なく修正することを可能にします。

 

 

Journey Through the Workbook of A Course in Miracles #2 (p82~83)

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ありがとうございます

 

 

時間という幻想

イタリアの量子物理学者カルロさんの語る

物理のお話が面白くて

彼の著作を色々楽しく読み進めています。

 

知の最前線を行く科学者の方々が

日々どんな事を考えて生きているのかを

少しだけ垣間見せてもらっている思いがします。

 

それでいて何故か彼は

近所のおじさんのような親近感があります♪

 

学者さんというのは

さぞかし頭の固い方々なのだろうと

勝手に想像していましたが(ごめんなさい…)

 

ホントはその逆で

様々なものを受け入れる事の出来る

柔らかい頭でなければ

人類にとっての「未知の世界」を

新しい発想で開拓していく事など出来ないのだと

思いました。

(この人はあーだ、この人はこーだと

判断しようとする私の観念の方こそ

カチカチに固まっていました💦)

 

彼の本は

私達の生きているこの場所が

いかに驚異に満ちた不思議な場所なのかを

思い出させてくれます。

 

 

『世の中ががらりと変わって見える物理の本』

朗読もしてみましたので、

ご興味がありましたら聴いてみて下さいね💕

soundcloud.com

 

 

彼の本の中に

「時間は幻想である」事の

とても素敵な言葉がありましたので

ここに書き留めておきたいと思います。

 

 

物理学者も哲学者も、「現在」が宇宙全体に共通すると言う考え方は幻想であると言う点で一致しています。時間が普遍的に「流れている」と考えるのは一般論に過ぎず、事実とは相容れないと言う結論に達したのです。

アインシュタインは、イタリア人の親友、ミケーレ・ベッソが亡くなったとき、ミケーレの遺族に次のような感動的な内容の手紙を書きました。

「ミケーレは、私よりも少し早く、この不可思議な世界から旅立っていきました。でも、それはなんら意味のないことです。私たちのように物理学を信ずる者たちにとっては、過去、現在、未来というような区別は、頑固で執拗な幻想以外の何物でもないことがわかっているのですから


『世の中ががらりと変わって見える物理の本』

カルロ・ロヴェッリ(p90〜91)

 

 

カルロさんの言葉も

アインシュタインの言葉も

エス兄の語る言葉のように聞こえてきました。

 

 

アインシュタインの語録があったはず!

と思ってkindleのライブラリを調べてみると

アインシュタインに聞いてみよう〜勇気をくれる150の言葉』

を見つけました。

 

こんな言葉がありましたよ♫

 

 生き方には二通りしかありません。奇跡はどこにもないという生き方と、すべてが奇跡だという生き方です。

 


 物理学の価値を信じる私のような人間は、過去、現在、未来の区別が永続的な幻想に過ぎないことを知っています。
現実なんて幻想に過ぎないのですが、とても永続性があるのです。

 


 あらゆる宗教、芸術、科学は
同じ木の異なる枝です。いずれも、人間を単なる肉体的存在から引き上げ、その生き方を高貴なものにし、個人の自由へと導くことを目的にしています。

 

 

アインシュタインにきいてみよう〜勇気をくれる150の言葉』

 

アインシュタインって悟っていたに違いありません!

勇気をありがとうございます❤️

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Walk in the sunshine

今朝読んでいた本の中に

引用として取り上げられていた

素敵な言葉に出会いました。

 

「きみのその腕時計を海に投げてしまえ。

そしてわかろうとしろよ。

君が捕まえようとしているその時が、

ただの針の動きだっていうことを…」

 

(カルロ・ロベッリ『時間は存在しない』P93)

 

何からの引用なんだろう?

と思って調べてみると

ヒッピー全盛期の時代に大人気だった

グレートフル・デッドというバンドの

歌の歌詞でした。

 

「Walk in the sunshine」

 

引用されていた部分だけでなく

全体の歌詞もとっても共感を覚えたので

ここでシェアしますね♫

 

太陽の下を歩こう

明るい兆しを見つけよう

君ができるすべてのことになりなよ


君は天の声に耳を傾けなくちゃならない

君は試して理解しなくちゃならない

それらの動きの素晴らしさを

それは壮大であると同じくらい

小さくもあるんだ


あまり急がないようにしなよ

それは君の心配事ではないよ

時間に追われている人達に任せなよ


君のその腕時計を海に投げてしまいなよ

そしてわかろうとしなよ

君が捕まえようとしているその時が

ただの針の動きだって事を


僕は説教はしない

だって僕は知らないから

速く進むものを遅くする方法を

止めることも動かすこともできない

僕が言ったからといって

ホントにそうとは限らない


君が今聞いていることを見てごらん

今、確かめてごらん

そう言われているからといって

ホントにそうとは限らない


人々はいつも言う

「革命を起こすんだ」

「勝利のために協力してくれ」

「すべての建物を燃やすんだ」

「すべての法律を無効にするんだ」


僕は燃やさないよ

主よ、僕はまだ学んでいるだけ

一人前の男になるために

僕は狂ってもいないし、怠け者でもない

何が正しくて何が間違っているのかを

知りたいだけなんだ


僕は燃やさないよ

世界は回り続けている

何が正しくて何が間違っているのか

今も探し続けている

僕は狂ってなんかいない

 

 

 

Walk in the sunshine

Watch for the bright sign

Be all those things you're able to be


You got to listen to the heavens

You got to try and understand

The greatness of their movement

Is just as small as it is grand


Try not to hurry

It's just not your worry

Leave it to those all caught up in time


You got to deep six your wrist watch

You got to try and understand

The time it seems to capture

Is just the movement of its hands


I ain't preaching, 'cause I don't know

How to make fast things move along slow

I can't stop it, I can't make it go

Just 'cause I say it, that don't mean that it's so


Watch what you hear now

Make sure it's clear now

Just 'cause it's said, that don't mean that it's true


'Cause folks always say

You got to make a revolution

You got to help me win my cause

You got to burn down all the buildings

You got to rub out all the laws


I ain't burning

Lord, I'm still only learning

How to become a man of my own

I ain't crazy, nor am I lazy

I just want to find out what's right and what's wrong


I ain't burning

Whole world keeps on turning

I'm still trying to find out what's right and what's wrong

I ain't crazy

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太陽の下を歩こう♫

とりあえずそれだけでハッピー😊💕

 

 

 

 

 

量子物理学と精神世界

昨夜は久しぶりにワインを飲みながら

Amazon primeで映画鑑賞♫

数年前のヒット作で、気になっていたのに

まだ観ていなかった

インターステラー』を観ました。

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物理学関連の難解な言葉が満載で、

理解したいのに理解不能な感覚で

始終モヤモヤしていましたが、

物語自体は

「愛の力」

「想いの力」

「未来への希望」

が背景にあり、

ストーリー展開も見事で面白かったです♫


アン・ハサウェイが相変わらず可愛かった😊💕

 

前回記事で紹介した

雑誌Newtonを見つけてからというもの、

量子物理学についての動画を見たり

本を読んだりして、

自分なりに色々分かった気になって

面白がってワクワクして

楽しい時間を過ごしています。


精神世界も物理学の世界も

根底が繋がっていると思うと、

更に面白さが増して来るんですよね😊

 

今朝Youtubeで見つけたバシャールの言葉も

私の意識が

この一連の流れを作っているとしか思えない❗️

と感じたのでここで紹介しますね♪

youtu.be

質問者:数学について質問をしたいと思います。

数学が宇宙の原理を説明することは出来ますか?

 

バシャール:はい、数学によって物理世界における宇宙の構造を説明することができます。

一方で、我々の世界では、宇宙を数学ではなく幾何学を用いて表現してます。

これは言語が異なるだけで、基本的には同じことを目的としているわけです。

つまり、表現しようとしてるのは、

「存在するものとは、その背後にある非物理的な世界に存在する形態の表れである」

ということです。

それを数学で表現するか、幾何学で表現するかの違いです。

あなたの現実においても、幾何学が宇宙の構造を表現しているものとして、黄金比フラクタルといったものがあります。

 

 

質問者:では、数学で意識を説明することも可能ですか?

 

バシャール:はい、可能です。

その点については、今お話ししてきたことと関連しています。なぜなら、

意識とは、複数ある並行現実における、ある特定のレベルの現実の表れに過ぎないからです。

このため物理世界は立体的に表現されているわけですが、

その立体的な物理世界を作り出す型枠が、意識であると言えます。

 

質問者:現実が意識により表現されているということを知りませんでした。

 

バシャールすべてが意識の反映です。

意識が現実を作り出す時に、ある特定の幾何学的な比率・割合・関係性を持っているということを理解してください。

そして、その根底にある構造は四面体をしているのですが、幾何学的な特性が、ある法則に基づいて相互に関係し合い、組み合わさっているのです。

 

あなたの惑星の量子物理学者が、この原理を理解し始めています。

最近、素粒子よりさらに小さいレベルにある構造が、四面体であるということが量子物理学者により発見されました。

そして、彼らは意識が現実を作り出しているということを理解し始めました。

 

やっぱり

兄がコースで言っている通りなんだな〜と

確信が深まりました♫

少しだけ物理学

久しぶりに歌いたい歌があって

その楽譜はどこだっけ…?と

棚のファイル入れをごそごそ探し回っていると

たくさんの楽譜に紛れて

一昨年買った科学雑誌を見つけました。

表紙の言葉に惹かれて買った雑誌…

これです⬇️

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あ、コレちゃんと読んでなかったなと

パラパラページをめくっていると

イラストや写真が美しくて

探していた楽譜の事なんてすっかり忘れて

しばらくの間読みふけりました。

 

 

「無とは何か」

 


このテーマについて

45ページにわたって

最新の物理学のお話なども

イラストを添えながら解説されていました。

 


多分ものすごく分かりやすく

書かれているのでしょうが、

それでも私の理解は追いつかない所が

多々ありました😭

 

 

でも最後のまとめの言葉が

「仏教」の教えみたいで

素敵だと思いました。

 

 

仏教的文章を少しだけご紹介しますね。

 

物質は、大きさがゼロの素粒子でできている?


PART1で「素粒子」という言葉が登場しました。

素粒子は物質を構成する最動小単位のことで,原子核を構成する陽子や中性子は複数の素粒子が集まってできています。

 素粒子物理学の基本的な枠組み「標準理論」では、素粒子の大きさをゼロとしてあつかっています。38ページで「電子の大きさはゼロだと考えられています」と紹介しましたが、電子も素粒子の一つです。つまり、電子、陽子中性子で構成される原子は、大きさがゼロの素粒子が集まってできているのです。

 ということは、PART1で紹介したように「物質はほとんど“無”でできている」どころか、「あらゆる物質は、そもそも大きさのない素粒子が集まってできている」といえます。このように,「無」を突きつめていくと、そもそも「有」とは何なのか、という問題に突きあたってしまいます。

 素粒子は、はなれた場所にある別の素粒子に、「力」(電磁気力など)をおよぼすことができます。原子も、電子と原子核が電磁気力をおよぼしあうことで、その大きさを保っています。大きさがゼロの素粒子どうしが力をおよぼしあうことで、大きさのある物質、つまり「有」を形づくっているのです。


(P68 Newton 2019年5月号)

 

 

と言うことはですよ…

 

 

 

私達はここで何を認識しているんだ…?

 

 

 


私達自身が

究極的には「無」の存在で、

自分がそんな不思議な存在だとは

これっぽっちも思わずに

今日も生きている事の奇跡…

 


面白すぎる😂

どこまで行っても私のココロの中

ワプニク先生のワークブック解説に

いちいち「そうだよねぇ!」と呟きながら

今日もお勉強を楽しみました。

 

今日の備忘録⬇️

レッスン73の解説から

(5:1-4)この世界についてのあなたの描く絵は、あなたの内にあるものを鏡のように映し出すことしかできません。光の源も暗闇の源も外に見つけることはできません。不満はあなたのマインドを暗くします。そして、あなたは暗い世界を外に見ることになります。ゆるしは暗闇を取り除き、あなたの意志を再び主張し、あなたに光の世界を見せてくれます。

 

(ワプニク先生の解説) 真実も幻想も私たちのマインドの中にあるのです。エゴが私たちに信じさせようとするように外にあるものではありません。この考えは、今では私たちにとって身近なものとなっています。私たちが外側で見ているものは、私たちが最初にマインドの中で見たものを投影したものです。投影が知覚を作るのです。外側に光を見たければ、まず内側に光を見なければなりません。暗闇を通り抜けなければ内側へは到達できません。マインドの中の罪悪感を取り除くこと、つまり「ゆるし」は、この幸せな光に満ちた結果を達成するための手段なのです。

 

(5:5-8)不満の壁は簡単に通過することができ、不満の壁はあなたとあなたの救いの間に介在することはできないということを、私たちは繰り返し強調してきました。その理由は非常に単純です。あなたは本当に地獄の中にいたいのですか。あなたは本当に、泣いて、苦しんで、死にたいのですか。

 

(先生の解説) その障壁とは、分離と攻撃の地獄にいるという「私たちの決断」で(つまり無から)構成されているだけなので、簡単に通過することができるのです。死に至るまでのすべての苦しみは、この決断から来ていることをイエスから教えられた後では、答えはとてもシンプルです。すなわち、自分のマインドを「変える」こと、そして「ゆるす」ことです。

 

どこまで行っても私のココロか♫

どんどんゆるして軽やかに歩こう♫

 

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今朝、友人からさくらんぼを戴きました🍒

自宅のお庭のさくらんぼなんですって💕

うらやましい!

赤くツヤツヤ✨していて美しい!

お味も美味でした😋