「死」って?
「死」ってなんだろう。
後輩が亡くなった時も、
教え子が亡くなった時も、
友人が亡くなった時も、考えた。
母の死の時も、ずっと考えて、感じていた。
今度は父がその機会を与えてくれている。
OSHOの本をパラパラとめくってみた。
死というより、存在そのものの理解が必要なんだなと感じた。
「ひとたび自分はたくさんのことが起こっている純粋な空間だと理解したら、あなたは超然とする。
そうなれば、あなたは恐れ知らずになる。
というのも、失うものは何もないし、
何かを失うような人は存在しないからだ。
そうなれば、あなたはもはや、生に対する渇望でいっぱいではない。
どんな自己も思い描かないからだ。
そうなれば、あなたは死を恐れず、生の渇望に囚われもしない。過去について考えもせず、未来に投影することもない。
そのとき、あなたはただ在る–––外側の広大な空と同じくらい純粋に。
あなたはまた、内側でも純粋な空になる。
そしてこの二つの空、内と外の空の出会いこそ、仏陀がニルバーナと呼ぶものだ。」
『死について41の答え』OSHO p130
分かるような、分からないような。